『田園の詩』NO.80 「母屋を取られる」(1998.3.31)


 奈良県の生駒市高山町から友人夫婦が遊びにやって来ました。高山町といえば全国
一の≪茶筅(ちゃせん)≫の生産地です。

 もう20年以上も前になりますが、私が奈良に住んで筆作りの修業をしていた頃、
何回か訪ねて行き、友人の紹介で工房を覗かせてもらい、職人の技に興味深く見
入ったものでした。

 そんな思い出話に花を咲かせたのですが、聞くところによると、茶筅の業界もご
多分に漏れず厳しい状況になってきているとのことでした。

 第一の原因は、茶道人口が減り需要が少なくなったからでも、不景気のためでも
なく、外国の製品に負けてしまったためらしいのです。


      
      お客さんがみえたら、まず一服差し上げるようにしています。
      (二人そろってお相手できる場合)


 20年前は外国製品なんて一切見なかったので、不思議に思いその間の事情を聞い
てみると、友人は次のように謎解きをしてくれました。

 最初は原材料として茶筅の長さに寸切りした竹を輸入していた。次に初期の工程ま
で加工したものを輸入した。更に工程が進んだものになり、最後には完成品が日本に
やってくるようになった。それが値段が安い上に品質もそんなに悪くない。こうなると、
日本の職人の作ったものが売れなくなる。

 技術を外国に教えて、少しでも手間を省き安上がりにしようとしたことが、結局は
自分で自分の首を絞める結果になってしまった…。

 「『庇(ひさし)を貸して母屋を取られる』とは、このことだネ」と私がいうと、友人
は「全くその通り」と、自分の町の自慢の工芸品の行く末を案じるかのような元気の
ない声で答えました。

 「ところで、君の筆の方は大丈夫かい?」と、こんどは私のことを心配してくれます。

 「筆は同じように見えても中国製と日本製は違う。日本の書家は日本仕様を使う。
業者の中には中国で技術指導して日本仕様の筆を作らせようとする動きもあるが、
昔のような名人が中国にはいないのでできない。だから大丈夫。しかし、日本では
筆職人を志す若者はほとんどいない。あと20年もすれば筆職人はいなくなる。その
時、中国に負ける。」と私は答えました。        (住職・筆工)

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